
【山口百恵さんとマンションの価値について考える!その2】
~山口百恵さんは最高の不動産投資家だった!~
山口百恵さんは最高の不動産投資家だった!
今回はあの永遠のスーパーアイドル山口百恵さんと、
ビンテージマンションがテーマです。
まず、ビンテージマンションとは何かについてご説明します。
もともとビンテージとはワイン用ぶどうの収穫年をあらわす言葉です。
ビンテージマンションとは、
立地・デザイン・管理等にすぐれ、建築年数が経過しても、
価格が下がらない資産的価値を持ったマンションです。
ここまでで、今回のテーマの意味がお分かりになった人は、
かなりの山口百恵さんファンの方です。
下記はビンテージマンションと言われる
ペアシティルネッサンス高輪80の物件概要です。
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ペアシティルネッサンス高輪80
所在地 東京都港区高輪4丁目24-55
交通 JR品川駅 徒歩5分
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造14階建
総戸数 247戸
築年月 1980年10月
平均専有面積 104.05㎡
分譲単価 238万円/坪
事業主 東高ハウス㈱
施工 ㈱竹中工務店
※敷地内テニスコート利用料(1000円/1時間~)
フロントサービス(タクシー手配・宅配便預かりサービスなど)
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ペアシティルネッサンス高輪80は、
山口百恵さんが芸能界から衝撃的な引退をし、
三浦友和さんと結婚するために、新居として購入しました。
当時としてはオール電化システムなど
最新の設備を調えた,高級マンションの走りとも言われる物件
で、マスコミ等で大きな話題になった
1980年代を代表するマンションです。
今回、わたしは、山口百恵さんの軌跡と、
ペアシティルネッサンス高輪80のその後をラップさせ、
ペアシティルネッサンス高輪80がその後のバブル、
そして崩壊という大きな社会のうねりをへて、
現在どの様な存在になっているのかを確認し、
改めてマンションという建物の価値について
考えてみたいと思います。
最初に、山口百恵さんのプロフィールを紹介します。
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山口百恵さんプロフィール
1959年 東京都渋谷区恵比寿生まれ(1月17日)。
1972年 オーデション番組「スター誕生」で準優勝。
1973年 「としごろ」で歌手デビュー。
1974年 「ひと夏の経験」が大ヒット。
トップアイドルとなる。
1980年 三浦友和さんと結婚し引退。
ペアシティルネッサンス高輪80を購入。
1987年 東京都国立市富士見台に転居。
現在はキルト作家として活躍。
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上記のプロフィールからお分かりのように、
山口百恵さんは1980年に、ペアシティルネッサンス
高輪80を購入しました。
わたしの手元には当時(1980年)の
販売パンフレットがあります。
その価格表の一部を抜粋します。
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ペアシティルネッサンス高輪80価格表
1401号室 15,135万円
専有面積 179.72㎡(54.36坪)
テラス 56.85㎡(17.19坪)
合計 236.56㎡(71.55坪)
1403号室 11,000万円
専有面積 135.85㎡(41.09坪)
テラス 9.76㎡( 2.95坪)
合計 145.61㎡(44.04坪)
1303号室 14,095万円
専有面積 168.56㎡(50.98坪)
テラス 9.76㎡( 2.95坪)
合計 178.32㎡(53.93坪)
1315号室 9,050万円
専有面積 115.54㎡(34.95坪)
テラス 9.76㎡( 2.95坪)
合計 125.24㎡(37.90坪)
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さて、山口百恵さんがどの部屋を購入したのかは
秘密です。これからは、仮定の話になります。
当時の山口百恵さんの人気と収入から推定して、
一番価格が高い1401号室を1億5千万円で
購入したと仮定します。
山口百恵さんは前記のプロフィールより、
1987年にこのマンションを売却して、国立市富士見台に
1987年5月18日に転居しました。
さて、いくらで売却したのでしょうか?
※ちなみに自宅は、敷地207坪。鉄筋コンクリー造2階建。
総事業費は土地代を含み約2億円と言われています。
つづく
次回は
【山口百恵さんはマンションをいくらで売却したのか?バブルの驚異!!】
というテーマでお話しします。