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【山口百恵さんとマンションの価値について考える!その3】~山口百恵さんはいくらでマンションを売却したかのか?バブルの驚異!~

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【山口百恵さんとマンションの価値を考える!その3】

~山口百恵さんは、いくらでマンションを
       売却したのか?バブルの驚異!~

わたしの手元にペアシティルネッサンス高輪80の、
販売当時から現在(2005年)に至るまでの、
取引価格データがあります。

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ペアシティルネッサンス高輪80坪単価推移

1980年   278万円       1991年  2500万円

1986年   500万円       1992年  1400万円

1987年  2000万円       1995年   500万円

1988年  2200万円       1997年   400万円

1989年  2700万円       2002年   250万円

1990年  2700万円       2005年   350万円

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上記の資料によりますと、販売当時(1980年)の
分譲坪単価は278万円でした。


しかし、山口百恵さんがマンションを売却した1987年には、
バブル景気の影響でマンションの取引価格は急上昇し、
坪2000万(約7倍)まで値上がりしました。

※バブルはプラザ合意(1985年)に始まったとされています。

単純に、専有面積に坪単価をかけますと、
1億5千万円のマンションを、10億7千万円で売却したことになります。

ご存知のように1987年以降も土地の急騰はさらに続き、
ピーク時の1990年には坪2700万円まで値上がりしました。

つまり、1401号室は当時14億6千万円の価値が
あったことになります。実にわずか10年で10倍になりました。

※1991年に竣工した有栖川ヒルズ(東京都港区)は、
 平均販売価格は19億3千6百万円!で
 分譲され、世間の人々を驚愕させました。

そして、その後バブルは弾けます。価格は1990年を
ピークに急激に値下がりし始め、2002年には坪250万円
(1億3千5百万円)まで落ち込みました。

しかし、これからがペアシティルネッサンス高輪80が
並みのマンションとは違うところです。ビンテージマンション
としての実力を発揮します。

その後は再び価格を上昇させ、2005年現在、
坪323万円(1億7千5百万円)で取引され、
現在も上昇しています。

つづく

次回は

「ビンテージマンションは何が特別なのか?」

というテーマでお話します。


投稿時間 : 2007年06月20日 13:01

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