川崎市川崎区の不動産会社「センチュリー21平和開発」


センチュリー21 平和開発株式会社
不動産コラム


【民族差別問題】

差別問題 ~入居差別問題~

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私の仕事における重要なテーマに
『差別のない社会を目指す』があります。
きっかけは、今回お話する、2001年に起きた入居差別事件でした。

社会に蔓延する、

『差別(人種・障害者・職業・性)やいじめの本質は何か?』

を真剣に考え、また、

『同じ人間でさえ、分かり合うことが如何に難しか』

まさに自分の肌で感じた、私の人生で一番貴重な3年半でした。


■概略■

在日韓国人(三世)女性キムさん(仮名)は2001年11月私の会社に来店し、
東京の不動産業者B不動産が管理する私の地元川崎市の「Dマンション」の
賃貸借の契約を希望しました。

しかし、翌日、B不動産に外国籍であることを理由に入居を断られました。

キムさんから相談を受けた『かながわみんとうれん』(民族差別と闘う
神奈川連絡協議会)はキムさんの代理人として、私の会社に話し合いに
応じるように申し入れました。

川崎市(市民局 人権・男女共同参画室)を窓口として2002年1月から
2005年5月までの計20回にわたり話し合いを行いました。

そして、2005年5月当社と『かながわみんとうれん』(民族差別と闘う
神奈川連絡協会)は差別をされた側の痛みを理解し、外国籍を理由に
差別されない社会、差別のない社会を目指すことを合意し、
確認書を作成しました。


■入居差別に関わる話し合いの経過と心の軌跡(長倉連治)(2005年5月)

2001年11月、在日韓国人女性キムさん(仮名)が私の会社に来店しました。
そして、東京の不動産業者B不動産が管理する、私の地元川崎市の
「Dマンション」の入居を希望しました。

しかし、数日後、B不動産に外国籍であることを理由に入居を断られました。

キムさんも連帯保証人のお父さんも、もし日本人であったら入居を
断られる理由が存在しないような方でした。

当初は、当社の女性社員が窓口となり対応しました。
しかし、川崎市を巻き込むような大きな問題に発展したため、
その後は私(長倉)が対応しました。

その当時私は、断ったのは当社でなくB不動産であり、
入居拒否は仕方が無いという気持ちが強くありました。

その為、キムさんが自分の韓国籍を名乗って
キムさんのお父さんの職業等を明かしてまで入居を申込んだことが、
この日本社会で、いかに勇気がいることであったか
まったく理解出来ていませんでした。

そして、入居をただ外国籍であるという理由で拒否されたことが
キムさんの心にいかに深い傷を負わせてしまい、
悲しく辛い思いをさせてしまったかについて、
当時の私はわかりませんでした。

B不動産が入居拒否をした時、私は自分自身を世間一般では
差別意識があまりない人間だと思っていました。

それは、私は在日の方が経営する会社に7年間
在籍していたこともあり、また、私は日頃から在日の方々と
普通にビジネスをしていたからです。

そのような理由で、当初キムさんとB不動産との話し合いが
続いている間でさえ、自分は差別をしていないと、
自己弁護する気持ちがとても強くありました。

私自身は入居のために努力したのだから、入居拒否されたことは
仕方がないと考え、自分自身の問題としてとらえるよりも、
外国籍の人の入居を拒否する不動産業界全体の問題として考え、
入居差別を容認していました。

しかし、何回も話し合いを重ねていくうちに、差別を容認することが
差別をしたことであると言うことに気がつきました。

そして、キムさんお父さんの

『あなた達には差別を安易に認めてしまうような事が、体質化されている』

との指摘で、始めて、差別を容認してしまう体質が
自分自身に染み付いてしまい、無意識のうちに人を差別して
しまっていることに初めて気がつきました。

私の過去を振り返り、在日の方々と日頃ビジネスで取引している時も、
表向きはその差別意識をオブラートで包み、差別を容認している
自分自身がいたのではないか?と思うようになりました。

民族差別の問題を考えていると、
在日の人と、我々日本人は何が違うのか?
考えれば考えるほどわからなくなりました。

結局何も違わないのではないか?

それなのになぜ差別されなければならないのか?
何度も自分自身に問いかけてみました。

更に話し合いを積み重ね、過去の民族差別の歴史を文献で勉強し、
また多くの方々にお話を聞き、助言を頂いていく中で、
少しずつ

『差別とは何か?』『差別の本質とは何か?』

が理解できるようになりました。

そして、『差別とは、合理的な理由ももなく、意図的に
作られたものである』ことを知りました。

特に日本においては植民地支配を正当化するために、
教科書などを通じて朝鮮民族蔑視の思想が広められ、
民衆の中に民族差別意識が、『無意識』になってしまうほど
根をおろしてしまったことを知りました。

また、『なぜ差別をしてはいけないのか?』深く考えていく過程で、
差別とは人間として生きるために必要な権利を奪い、最後は
差別された人を、『死ぬしかないところまで追い詰めてしう』
ことに気がつきました。

『差別をした人の反対側には、必ず差別をされた人々がいる』

なぜ、キムさんの心の痛みが容易にわからなかったのか?

足を踏まれた人の痛み、公の場で、ただ韓国名を呼ばれるだけで
緊張してしまう辛さ、自然体で生きることができず、
歯を食いしばって生きていかなければならない堅苦しさ、
それらがなぜ理解できなかったのか?

それは私に差別を受け、痛みを負った人の立場にたって寄り添い、
共に考える姿勢が足りなかった。

また、民族差別の本質的な部分を深く掘り下げ、
自分自身に問い続ける姿勢が不足していたことに
気がつきました。 

そして、これらの思考課程をを踏むことによって、
差別される側の痛みが、知識や言葉ではなく
初めて自分の身体で理解することができるようになりました。

今後、私は今回の差別問題を真摯に反省し、
3年半に及ぶ話し合いで学んだ貴重な経験をいかし、
社員教育を徹底することはもちろん、不動産業界団体にも働きかけ、
差別のない社会を目指し、行動していきたいと思っています。


投稿時間 : 2007年08月10日 17:23

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